2011年(平成23年)


方丈記覚書二十 続歌仙落書と新三十六人撰
れぎおん72業2011年1月31日p2-7.
 副題通りの作品を考察した。前者に載る長明歌六首の内八八は新古今にも採られた歌だが、和歌所逐電後後鳥羽院に送った十五首中の歌と推測されており、それが正しければ長明の逐電は新古今完成前だった可能性が高い。八九は他には見えない歌。後者に載る十首の内三四九も逐電後の十五首にあった可能性がある。

江差の古典籍一―関川家旧蔵書―
語学文学49号2011年3月1日p37-46.
 道南江差町の教育委員会に寄贈された古典籍のうち、最も多い関川家旧蔵書の中で、慶応以前に書写または出版された写本・版本の書誌的調査結果を報告した。

方丈記覚書二十一 勅撰集入集歌 その一
れぎおん73号2011年4月1日p2-7.
 長明の勅撰集入集歌のうち千載集と新古今集に入集した11首について考察。いずれも無名抄に言及があるのだが、千載集入集歌について長明は入集をとても喜んだというのだが、その記事が長明自身の執筆であるだけに長明の宣伝臭を感じることを指摘。新古今入集歌のうち「石川や」についての記事が、方丈記や定家の「見渡せば花も紅葉も」の歌と同じ論法であることを指摘。

方丈記覚書 番外―定家「花も紅葉も」、及び歴史的仮名遣いについて―
れぎおん74号2011年7月31日p2-7.
 前稿(21)で無名抄と方丈記との関連で触れた定家の「見渡せば花も紅葉も〜」の歌について反響があったので、改めて当該歌の解釈について従来の諸説を参考に考察。また、前号所載の生田目常義氏の「仮名遣い所論いろいろ」において、稿を寄せた人々の歴史的仮名遣いに対する認識に誤解があるのではないかと考えられたので、仮名遣いの歴史について論じた。

方丈記覚書 二十二 勅撰集入集歌 その二
れぎおん75号2011年11月20日p2-7.
 長明の勅撰集入集歌のうち、続古今集から新千載集までを考察した。定家と為家による新勅撰・続後撰に一首も採られなかった長明の歌が続古今集で復活したのはいわゆる鎌倉中期の反御子左派によるのではないかということや、京極派による玉葉集と風雅集所収歌はともに長明集所収歌なのだが、二条派による勅撰集には長明集に載る歌が一首もないことから、京極派には長明の歌を収録する歌書として長明集しかなかったか、二条派には長明集がなかったかという可能性などに言及した。